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Category Archives: 天涯海角-游記
原创‐
一件落着。でもまだ残りが多いけど、、、^_^ 愛媛県喜多郡内子町を巡って 2010年3月15日 今回の研修旅行は2月28日から3月1日までに、内子町での一泊二日の旅であった。ここは1992年のサントリー地域文化賞を受賞し、まちづくりで日本全国でも有名なところらしい。愛媛県は以前、松山市だけ一回訪れたことがあって、しっとりした雰囲気の小さな都会だという印象が残っている。 ただ今回研修の対象となっているのは都会ではなく、内子町のふるい町並みと村並みであった。自然景観も見て回ったが、それよりはそこに住んでいる人々の手によって作られた建築と生活様式がメインであった。ここで「ふるい」と言っているが、実は明治時代に入ってから、木蝋生産で大儲けになってから建てられた町並みであり、いわば日本の近代化初期における産物であった。もちろん村並みの形式や生活様式はかなり前近代的な特徴が残っているが、ここで面白いと思ったのはむしろ近代化初期に、人類の歴史において比較的に新しく作られた文化と形式が、現在にいたって「ふるい」あるいは郷土の伝統として再構築されたプロセスであった。またこうしたプロセスは、内子町や日本に限って、すでに自己完了したものでなく、現時点においても再生産が続いている。われわれ自身でさえもこの流動的なプロセスに参与している。将来的に(あるいはすでに発生しているかもしれないが)中国でも観察できるような現象である。 自然環境だけをみると、率直な感想として中国の四川省ととても似ていると思った。植物の種類、たとえば菜の花や竹、農産物の種類、街並みの建築様式までも、2009年2月に旅行した四川省成都市郊外にある「洛帯」という古い町を連想させる。おそらく町の建築はひとまず自然環境に適応して作られたもので、自然環境の類似性から建築様式の類似性が生まれたかもしれない。「洛帯」もまたその町並みを魅力に、成都市付近の一つの観光地としてにぎわっている。 しかしその違いも明らかである。「洛帯」の観光振興がまさに商業化、観光産業として作られたもので、伝統の保存や文化の再生産ができなくなっていることが現状だと思う。内子町の町づくり運動は、最初から郷土愛、地域住民として自信を打ち出すというコンセプトが内包され、その試行錯誤のプロセスの中コミュニティーの構築というものが生まれてきたと感じ取った。 コミュニティーの形成はまた民主主義と深い関連があるように思える。運動の当初は、住民の反対のほうが多く、保存運動リーダーの岡田氏によると、一人ずつ説明したほうが効果的だったという。岡田氏は単純な多数決を反対しているようだが、「民主主義政治」本当の意味(あるいは民主主義政治の理想形態)とは多数決で選挙の結果を決めることにあるのではなく、少数のものの声と権利を断固に擁護し、選挙を行うまでにそれぞれの主張と議論を徹底させる上で、世論、つまり大多数の意見が形成されることにあると私が理解している。こういう意味では、岡田氏の一人一人に対し説明し、納得させる行動自身が民主主義政治の一つの実験であり、実践にもなっているかもしれない。こうした成り行きとも言えるような過程の中、「内子」のブランド力が構築され、住民たちは文化付加価値が高いものを生産することを習得し、経済活動だけではなく、文化活動、ひいては政治活動としてまちづくりができたわけである。 過疎化現象が起こっている、先進国家の農村で起こっている伝統を引き継ぐ運動は、ポストモダンの傾向であり、近代化の反動だと理解しがちだが、内子町の発展プロセスを見る限り、むしろモダンとポストモダンの交錯だというべき、なかには極めて近代的な特徴が潜んでいることは、この研修を通じていちばん深く感じたものであった。
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感想文
1)倉敷 雨の中で初めて訪れた倉敷の町はきれいで、清楚な感じでした。平日のせいか、観光客があまり多くなく、町の中はほとんど私たちのにぎやかなグループに独占されてしまいました。 大原美術館では、数多くの作品を見ることができ、そして特に「睡蓮」などに関する逸話や、「耕到天」というフレーズがとても印象に残りました。芸術の素人としては、むしろ大原美術館の設立自体が大変面白く感じました。商業をやるだけではなく、社会に何かの形として還元していきたい考え方は、現在企業の社会貢献やCSRのような概念で表しています。しかし現代的「概念」が生まれる前に、すでに大原美術館のような存在があり、さらに今日まで大事に守られたことは、日本的経営方式の特徴と歴史を語るものとなりました。 もうひとつ感心したのは、町並みがきれいに保存されたことです。昔盛んだった紡績業に使われた工場や倉庫はもう使われていないが、建物はひとつひとつ丁寧に扱われ、現在観光スポットとして見物できます。その遺跡とかを見ると、頭の中に最初に浮かんだのは、戦後まだ国交のない中国に初めて大型プラントを輸出した倉敷レーヨンでした。 また夜に大原さんから伺いた話もとても興味深いものでした。つまり、このように、特徴強い経営方式を持ち、歴史を大事に保った倉敷は、江戸時代から商人による政治自治の町でした。自治政治の精神は経営方式や伝統とどのようにつながり、どれが最初に生まれたのか、そして三者がどのようにお互い影響しあったのかは、ひとつ面白い疑問となりました。 2)岡山 林原美術館で大名の日常生活、着物を中心とする展示を見られました。貴重な展示品をこんなに近い距離見るのは初めてで、みんな大変満足したと思います。さらにすばらしい解説や熊倉先生の話を聞いて、「文化」という大きな概念は私たちの日常にどんなに具体的に存在していることに、もう一度気づけさせられた。 その先日から始まった日中両国における「桃太郎」の物語や「鬼」の意味合いの比較の議論は続けて、さらに身体に対する感覚やしぐさの違いなどまでも比較されました。「環境に適応して生まれた」文化はどれほど違うかをまた考えさせられました。それから微妙な違いの背後にも文化のルーツや日常環境の大きな差を反映するものだと感じました。 最後は夢二郷土美術館と後楽園を楽しく見物することもできました。夢二美術館で偶然に中国人美術家の作品集をもらうことができ、後楽園では郭沫若が送ってきた丹頂鶴の子孫の姿も見られました。文化の特徴や違いを体験してから、その交流の具体的な様式まで見ることもできて、最終的に今回研修のテーマに非常にふさわしい結末となったと思いました。
北京京郊之——十三陵水库
[半夜收拾电脑,找出旧文一篇,现贴上,改天把照片也找出来贴上。写的时间是2005年6月6日,两年前了] 开始写文章吧。 许诺了写游记的,当天晚上却累得守着电脑睡着了。 本来打算去的是生存岛,一大早起来兴致勃勃地弄好装备出发。好不容易找到清华园火车站,却发现列车时刻表5月24号刚刚改过,我们要乘的火车早在6点54分就已经开走了。L失望是当然的,因为那条路线实在理想,生存岛,红螺寺,青龙峡,云蒙山,森林公园,还有古北口……,发誓一定要搭一次这个车! 不过天气实在太好,不忍心一大清早兴致勃勃的准备就这么付之东流(要知道我多久没有6点起床啊!!天),于是掏出两块五毛钱,毅然决然的搭上了去昌平的列车。虽然无缘昌平园,到昌平园去看看可一直是我的梦想之一。虽然说今天也一样是没实现吧……。一路无语,同行四人,号称都很困,却打了一路扑克。 下车打了一辆黑面包,把我们直接拉到十三陵水库。名字听起来宏伟,能玩的其实就是九龙游乐园吧。因为不是周末,而且是上午,游客真的很少。不过倒是清静,几个朋友走走停停,玩玩闹闹,很是自在。不能想象那个水库如果挤满了人,我还会有什么心情写游记。我们买的四个项目的套票,没有学生优惠,65元,有点贵,不过也还好啦。其实里面项目也不是很多,好玩的四项也就够了。 首先是龙宫,人造海底世界嘛,还算好玩吧。人很少,氛围不错,可惜我们不是来四人派对的(三女一男),要不然真是太爽了。尤其到最后那一段路,虽然没得可看,强烈的荧光灯,把白衣服,手指甲,牙齿,甚至瞳孔都照的反光。前面的女生回过头来冲我媚笑,吓得我却差点灵魂出窍。龙宫出来有很多小摊子,买了几个有趣的纪念品,也都不贵。 然后去看了动感电影,第一次玩这样的,挺有意思吧。最后是急流漂筏,这个真的要赞一下。因为后来下午风大,大游船停开了,我们还专门又去玩了一次这个。如果没有这个的话,那我大概真的满失望的。 其实要总结的真的不多,12点左右就坐车回来了,不是很长的行程。遗憾没能去昌平城里玩玩,如果问我的意见是肯定要去的,这么远来了,而且估计以后也不大会来。不过没有坚持。毕竟大家一起出来玩,总要跟别人妥协嘛,朋友相处就是这样,互相妥协,互有取舍,互有奉献,互相感恩才会有乐趣。 坐车到德胜门,想找个好地方餐一顿的,无奈已经2点多,碰上的好的店子都休息了。从德胜门一直往鼓楼那边走的街上,有西藏驻京办事处气派的院子,旁边的附属宾馆里,还有西藏美食,似乎还很有名,晚餐的时候有藏族歌舞表演。可惜我们赶的时间不好,正好在午休,只好作罢了。那条路上还有中国社会科学院出版社,以及三元奶业集团总公司。总公司旁边就是一家三元梅园,还是挺不错的。可惜我不敢再去了,因为喝到了一个有点辣的奶昔,那种在舌头上爆炸的感觉,估计两三个月之内我是无法忘怀的。呜呜。
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高尾山
高尾山,号称东京的香山。 其实看红叶还早了点。但是既然择日不如撞日,并且欣赏红叶这项工程对我这样讨厌沉重的人也不怎么合适,还是出发吧。 高尾山的小吃,酒馒头跟荞麦面。不喜欢荞麦面,所以就略去不说。酒馒头比起我们的豆包,不同的只是面皮是用酒糟发酵的。所以有淡淡的酒香,皮也很软很暄。上大学以前不喜欢酒糟的,只是后来才会对酒糟,江南,产生难以言喻的亲近感。又开始罗嗦了…… 上山的路很好走,全是缓坡,虽然已经11月中了,还是初秋的感觉。空气很好,喜欢爬这样的山,不会太累又对身心健康。爬到药王院,还以为已经到顶了,所以一边傻了吧唧的高兴着,一边跟这一大堆人去洗钱。据说用在这个观音下面洗过的钱做本金,就会发财了。我只洗了个5块钱,还在想可以用来做什么本金。 这个药王院好像是13世纪开山的时候就有的庙,不过没耐心去看寺里那么长的说明文,也不愿意到网上查查,所以就随我理解吧。反正只是郊游,又不是求神拜佛。看起来是个还挺灵验的地方,可以治腰痛腿痛。 一路爬上来的时候,就有无数个童子啊,罗汉啊,在路边,过一阵子就会出来一个。原来正殿下面,有一个小小的象征极乐世界的地方,摆满了刚刚路上遇到那些童子跟罗汉,满有意思的。 正殿完全看起来是中国式的,但是梁柱上雕的是一位白狐,日本人觉得狐狸是大仙,每个庙都会有这些动物,比如龙,猫头鹰,猴子之类的。所以严格来讲这应该是不完全的佛教吧……中国的庙里也要雕龙画凤的,也不知道那是什么意思。喜欢狐狸,所以照下来留个念^_^ 山顶上也没什么,可以看东京全景,没太大意思。只有一棵树的叶子红了,但是下面坐满了人简直不能插脚。还有一伙人夸张的带了貌似火锅的那种锅来柱东西吃。呵,看来大家也是吃性大于游性,或者在风景不错的地方才会食欲倍增吧。 下山的时候挑了一条不很好走的路。鞋底有点滑,滑啊滑,结果真得摔了一跤。吓得我出了很多汗,倒也不觉得冷了。那条路在山谷里,沿着溪水,太阳慢慢下去了,所以开始变冷。快到山脚的时候有一个小小瀑布,叫做琵琶瀑布,因为据说声音听起来像琵琶的声音。谁知道呢…… 肚子饿了,就到此为止吧。
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